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余はいかにして(RDA調査紀行)

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New York, New York

気づけばいくつもの日記が断片的に残っている。完全に風化する前に、送ってしまおう。

■8/12の日記。

長い長い旅が終わろうとしている。

今日はコロンビア大学に。
宿からはred lineの103stから二駅。

駅近のキャンパスは、入ると"liberty "と、書かれた建物がそびえたち、みんなが記念撮影をしている、

という、完全なるフェイント。

これはいまは事務局で図書館ではないのだと。library って書いてて一番目立つ建物のくせに!ほんものは振り返ったとこにある、バトラー。

ともかくまずはEast Asian Library にて10:30-11:30に、1時間のミーティング時間をいただいていた。ホストはSarah Elmanさん。

彼女だけに会えるのでも、十分嬉しかったのにこちらの方は出し惜しみをしない。
結局Charlene Chou (Chinese Cataloger)さん、Hideyuki Morimoto (Japanese Cataloger)さん、law library からAmalia Contursiさんとお話しする機会を与えられた。

http://library.columbia.edu/locations/eastasian/staff.html

これだけでもゴージャスなのに、午後はバトラーでKate Harcourt (Director, Original and Special Materials catalogue )さんともお話しでき

結果プロセスを観察する機会も得たし、総括する側(Kate)から、Testingの参加理由、メリットなども話をすることができた。

森本さんは、あちこちでとても熱心なカタロガーだと聞いていて、とても自分に厳しいかただと思ったので、不勉強なわたしが伺うのはどうなんだろうと、十分にひよったし、びびっていたのだけど、会ってみたら情報をきちんとくださるとても良い人だった。

ありがたい。

いずれも、RDA に真剣に向き合っているメンバーでこの日も、reproduction の取り扱いについて困っているポイントを共有していた。
昼休みの時間もDVD とオリジナルの関係?まだまだ議論は続いていた。

RDA の経過を観察してきて、わかったことはRDAは規則のベースになるグリッドラインに過ぎないということだ。
どこに何を記入するとか、略語を使わないなんていうのは本当に大したことではない。

それよりも法資料(たとえばtreatyの責任表示の役割をどうするか)、CJK 、あるいは複製資料の取り扱いそれぞれが大雑把な言及しかなく、具体性がない。
それはアングロアメリカを脱してより、ニュートラルな規則を作り上げるという思想に基づくのだろうが、それをそのまま渡される側はたまらない。

具体性をもたせるのが今進行している作業なのだという。
つまりは本当に、ほんのスターティングポイントなのだ。

思想の輸入について。
しかし、日本が、では、この試行錯誤が落ち着くのを待ち、結果だけを輸入するのでは意味がないと思う。なぜその項目ができたのか、背景となるプロセスの共有が必要だ。そして現在の議論のスピードを考えると後追いでそれをやるのはとてもむずかしい。
例えばNCRの改訂も、これらの議論と連関を持たずに独自に行うのではなく、リアルタイムで議論を共有したほうが効率的ではないのか。
アメリカ側にパートナーを持ち、実践から得る経験的な方針、助言を活かして作業を進める考えはあるのだろうか。(すでに行っているのだろうか)

そんなことを考えた。
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